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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3893号 判決

原告 小林勝美 外六名

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外二名

主文

原告らと被告との間に原告小林、富田、広瀬、片岡は印刷工、同奈良は事務職員、同横山は倉庫夫、同菅原は包装工として勤務することを内容とする期間の定のない雇用契約の存在することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求原因として

一、原告小林、富田、広瀬、片岡は印刷工、同奈良は事務職員、同横山は倉庫夫、同菅原は包装工として期間の定なく被告国に雇用せられ、アメリカ合衆国極東空軍兵站司令部において駐留軍労務者として勤務していたところ、被告国から駐留軍労務者の雇入解雇等について委任を受けている立川渉外労務管理事務所長仙石寛は昭和三十年二月一日原告小林に対し、その余の原告らに対し同年三月二十六日いつれも駐留軍の保安上危険という理由(保安解雇と称せられるものてあるか、表面上の理由は業務の都合)のもとに基準法第二十条第一項本文に則り三十日分の平均賃金の提供をして解雇の意思表示をなし、これにより前記各雇用契約は終了したと称して労務の受領を拒否している。

二、然しなから右解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。

(I) 実質的就業規則によつて設定された解雇権制限の基準に違反する。

(イ)  解雇権の制限基準の設定

被告国の機関として駐留軍労務者の雇入、解雇等について一切の権限を有する調達庁は合衆国(在日米軍)及び全駐留軍労働組合(全駐労)との間に行政協定による日米合同委員会の決定に基いて、労務基本契約の改訂を審議するため昭和二十七年十二月三日以降右契約の実質的決定機関として特別委員会を開催し(いわゆる三者会談)この会談における三当事者の一致した合意は日本政府と米軍との間では契約として、日本政府と組合との間では労働協約として具体化すべき拘束力を有するものであることを確認し、その前提の下に会談を重ね昭和二十八年一月十二日の三者会談で米軍及び日本政府は駐留軍労務者の人事管理に関し相互に発議権を有すると共に拒否権をも有するといういわゆる共同管理の原則が承認された。その内容は日本政府は日本の法律に従い且つ正当な理由がある要求でなければ米軍の人事措置に関する要求に応じない権利を有すること及び日本政府は正当な理由のある場合でなければ駐留軍労務者を解雇しないことを定めたものであつて、これによつて解雇権を制限しその趣旨に従つて日米間の契約及び政府と組合間の労働協約を締結すべき債務を負担した。その後同年六月米軍は労務基本契約改訂案を日本政府と組合に提示し、その中に米軍が保安上危険であると認めたものに対する人事措置、人員整理及び懲戒解雇の場合は例外的に共同管理の原則が排除され従つて米軍は日本政府の意に反してこれを要求できることを主張したので組合は強くこれに反対して交渉を重ねたが結局同年十月一日の三者会談で人員整理、懲戒解雇その他米軍が合衆国の保安上危険であると認むべき保安基準に該当すると判断した場合は例外として共同管理原則が排除されることを承認し三当事者の合意を米軍と日本政府との間に同月九日附の文書とした。これが新労務基本協約である。

右にいわゆる保安基準は次の三項目である。

(1)  作業妨害行為、牒報、軍機保護のための規則の違反又はそのための企画若しくは準備をなすこと。

(2)  合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的に且反覆的に採用し若しくは支持する。

破壊的団体または会の構成員たること。

(3)  右(1) の活動に従事する者又は(2) の記載の団体若しくは会の構成員と合衆国の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的或は密接に連繋すること。

(ロ)  解雇権制限基準設定の効力

前記新基本契約は附属協定が全部合意された後に発効することになつているが附属協定としては保安解雇の手続を定めた労務基本契約の第六十九号附属協定が昭和二十九年二月二日発効したに止まり他の附属協定の合意が成立していないので、まだ発効するに至つていない。

然しながら実質的にはその内容が駐留軍労務者の労働関係を規律する規範として慣行上成立し現に効力を有している。即ち人員整理に関しては、昭和二十八年一月二十六日附人員整理の手続に関する臨時指令が発効し、この点に関する新契約と同一の内容を実施し懲戒解雇については信義則に従つた解雇権の制限が慣行上確立しているので、以上を綜合すれば、遅くとも附属協定発効の昭和二十九年二月二日以降は新契約の実質的内容が慣行的な規範として成立しているものと解すべきであり従つて六十九号附属協定は慣行上の規範の実施手続を定めたものに外ならない。

而して保安解雇に関する限り保安基準に該当するものの解雇に限定しようとするものであつて、この基準該当は米軍の主観的判断に止まらず客観的妥当性を要するもであることは前記のとおり慣行的な規範である実質的就業規則の成立経緯に照し明らかである。

従つて右解雇権の制限に反する解雇は無効というべきところ原告らは何れも右保安基準に該当しないので本件解雇は無効である。

(II) 本件解雇は雇用契約における信義則に違反し解雇権の乱用である。

新労務基本契約の実質的内容は前記のとおり発効しているので、このことは米軍、日本政府及び労務者との間の労働関係を支配する信義則の内容となつている。

而して保安解雇に関する右契約第七条は解雇権の客観的基準を定めたものであつて文理上保安による解雇であるかどうかは米軍の決定に委ねられているようであるけれども、当事者がこの合意に達したのは米軍の右基準該当の判断は合理的且客観的なものであろうとの信頼に基くものであつて、米軍の恣意的判断を容認したものではない。即ち基準に該当するかどうかの第一次判断が何人によつてなされるかということと基準の客観的規範性は別のことである。従つて基準に該当しないのに該当するとする米軍の判断を批判し審査の対象とすることを許さない趣旨ではないから、この基準は客観的なものであつて何人もこれを援用できるのが労務者の雇用関係を支配する信義則といわなければならない。このことは基本契約第七条の成立経緯に照しても明らかである。即ち昭和二十八年六月軍から保安上の理由による解雇は共同管理の例外であることが主張されたのでこれに反対の駐留軍労務者が同年八月十二、三日ゼネラルストライキを決行したが更に同月二十八日二十九日に予定されていたストライキを中止するに至つたのは保安基準が具体的に明示されたからに外ならない。その後も全駐労がこの基準を含む、新契約の締結促進を強力に主張し、その締結後はその部分発効のための斗争を進めその結果が六十九号協定に結実したのである。

而して本件解雇は右基準に該当しないので、右信義則に違反し、権利の乱用であるから無効である。

(III ) 本件解雇は不当労働行為である。

原告らは何れも全駐留労東京地区本部フインカム支部に属する組合員(解雇当時原告横山、片岡は支部委員その他の原告は平組合員)であるが、同支部は昭和二九年九月十三日に予定された全駐労の全国ストライキ決行を間近に控えた同月二日開催の第一回拡大斗争委員会において、ストの際ピケ隊を激励する目的をもつて情宣部に合唱班を設けることを決定し、支部委員がその班員を指定することとなり、この決定に基いて支部委員によつて合唱班員に指名されたものであり、組合活動の一環として屡々合唱練習を行い、同月十三、十四日のストの際には何れもピケ隊を激励しその任務を遂行した。ところで原告小林、富田、広瀬、片岡はフインカム基地のサプライヘツトクオーター(補給部司令官事務所)に勤務していたのであるが、同事務所は基地の枢要な機関であるので、米軍は同所に勤務する労働者が組合に加入し、その活動をなすことを嫌悪し、そのため右職場では従来組合員が極めて少なく、右九月のスト当時には原告らを含む十数名の組合員あるに過ぎなかつた。そして同原告らは山歩会と称する登山愛好家のグループに属しリクリエーシヨン活動をしていたが、前記のとおり九月始めにフインカム支部に合唱班が設置されるに及び直ちに同班に加入し、山歩会以来の同好者としてよく気が合い合唱班をリードし十三、四日のストに際してはトラックに同乗し合唱によつて各ピケ隊を激励する活動の中心となつた。その後も支部合唱班とは別にヘツドクオーターの職場で合唱グループを作り連日昼休み時間を利用して合唱を行つたため、多数労務者がこれに参加するようになり、これらの者が相次で組合に加入したので、同職場ではスト前十数名の組合員が労務者総数百五十名の約半数である七十名に一挙に激増するに至つた。この情勢に驚いた米軍の対日本人人事関係責任者ジエームス畠山は同職場のバーチヤセクシヨンの日本人職場責任者を通じ原告らに対して合唱をしないようにと注意した程である。なお原告小林が先に解雇されたのは同原告がヘツドクオーター職場における合唱班員の連絡係であつて練習のための集合等は組合事務所を通じて同職場の班員に伝えていたので米軍から合唱班の中心人物と目されたことによるものである。

次に原告横山はサプライの第一倉庫職場に勤務し組合の職場委員であつたので前記九月二日の拡大斗争委員会には斗争委員として出席して合唱班の組織が結成されると副班長に選任され、班長長塚勝正と共に同班の組織活動を行い同月十三、四日のストには班員を指揮して活躍し、その後も合唱班の中心的活動家であつた。

原告菅原はサプライのコロージヨン職場に勤務する組合員で合唱班の組織直後に加入し、同職場から七、八名の参加者を獲得した。同職場では女性が多い関係から、同職場の合唱班員は同原告を除き全部女性であつたので自然同原告がその中心となり組合事務所と職場班員との連絡に当つた。またシビリアンハウスの軍直労務者約十名が合唱班に参加し次で組合に加入するに至つたが同原告はその連絡係となり練習のための召集等に従事した。

更に原告奈良はサプライヘツドクオーターのインペントリ職場に属し歌に練達していたので合唱班の指導的役割を果した。

右合唱班の活動は組合活動であること勿論であるが、米軍はこの活動を甚しく嫌悪し原告らを基地外に排除してその活動を終息させることを目的として解雇したものであり、その結果合唱班は壊滅するに至つたものである。従つて本件解雇は不当労働行為で無効である。

と述べ

被告主張事実中合唱班長長塚勝正が復職を許きれたこと及び九月十三、四日におけるストの際のピケ責任者に対し処分がなされていないことは認めるがその余の事実は認めないと述べ、証拠として

甲第一ないし第四号証の各一、二第五号証、第六、七号証の各一、二、第八ないし第十一号証第十二号証ノ一、二(第八ないし第十一号証第十二号証ノ一、二は昭和二十九年九月十三、四両日におけるスト現場の写真)第十三ないし第二十五号証(第二十四号証は写)を提出し証人鈴木武夫、長塚勝正、原告本人小林勝美、菅原賢三の各供述を援用し乙号各証の成立を認めた。

被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中

一、の事実は認める。

二のIの事実中三者会談を開催し、被告と米軍との間に新労務基本契約及び附属協定第六十九号の成立したこと、右基本契約がまだ発効するに至らないこと並に保安基準がその主張のとおりの(1) (2) (3) の項目であることは認めるがその余の事実は認めない。

二のIIの主張は認めない。

二のIII の事実中原告らがその主張のとおりの組合員であることは本件訴訟提起後の調査の結果事実であることが判明したがその余の事実は認めない。

本件解雇が無効でない理由は次のとおりである。

(1)  解雇の経緯

駐留軍労務者の提供について被告と米国政府との間に締結された「日本人及びその他の日本在住者の役務に対する基本契約」第七条による解雇の具体的手続は附属協定第六十九号「在日米軍の保安に関する附属協定」によつて次のとおり定められている。軍側で労務者が保安基準に該当するか否かを決定するについては軍の保安の利益の許す限り予め該当事由を被告に通知し被告はこれに対して情報を提供し意見、見解を述べることが出来るが、(附属協定乙第一号証第一条C項)軍側で当該労務者が駐留軍の保安に危険であり又は脅威となるものと決定した場合には被告は軍の要請に応じて必要な人事的措置をとることとされている。(第一条D項)而して以上の実施細目手続は次のように定められている(第五条B項ないしE項)

I  軍の指揮者において、労務者が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合には、当該指揮官は軍の保安上の利益の許す限り解雇事由を文書に認めて日本側の労務管理事務所長に通知し所長は三日以内に意見を回答する。

II  当該指揮官は更に検討の上嫌疑の根拠がないと認めれば、その後の措置はとらないが、労務管理事務所長の意見を検討してもなお保安上の危険を認めた場合は、上級司令官に報告する。

III  上級司令官は調達庁長官の意見も考慮の上審査し、保安上危険でないと認めれば、復職の措置を、保安上の危険を認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずる。

IV  上級司令官から解雇の措置をとるよう命ぜられた当該指揮官は労務管理事務所長に対して解雇を要求する。

V 労務管理事務所長は当該労働者が保安上危険であることに同意しない場合でも解雇要求の日から十五日以内に解雇通知を発しなければならない。

本件解雇は右附属協定所定の手続によりなされたものであつて、指揮官からの通知によれば原告らは附属協定第一条A項の保安基準(3) 号に該当すると示されていたが、基本的事実は示されていないので本件においてその具体的該当事由の主張はしない。

(2)  解雇権には何等の制限はない。

原告らは調達庁長官が労務者の労働条件を定めるに当り解雇できる場合を保安解雇入員整理及び懲戒解雇の三の場合に自ら制限したと主張するが、そのような事実はなく、また右制限は実質的就業規則と同一の効力を有する旨主張するがそのような効力を生ずる慣習法も事実たる慣習も存しない。このことは前記三の解雇事由以外に(イ)病気による長期欠勤者、出欠常ならざる者叉は肉体的精神的欠陥による不能力者(ロ)適当な訓練を施しても満足に職務を遂行し得ない非能率者(ハ)若し採用前に判明していたならば、採用できなかつたであろうような事実が判明した不適格者などの場合に解雇がなされていた事実に照しても明らかである。

(3)  本件解雇は信義違反でなく権利乱用でもない。

駐留軍労務者は日本国政府に雇用されているけれどもその使用者は駐留軍であつて、その指揮監督を受け、その採用と雇用は専ら軍の決するところである。而して軍はその性質上高度の機密保持を要求することは当然であり、且日本国に駐留する外国軍隊であるから、その使用関係は一般の雇用関係と著しく趣を異にし同日に論ずることはできない。

本件解雇は駐留軍が機密の保持に害があるとの判断に基いてなされたものであるが、右基本契約によれば、軍において、そのように判断を下すときは、雇用者である日本国放府は、その判断に拘束される関係にあるので、このような特殊の契約上の立場に置かれる駐留軍労務者は一般の雇用契約における労働者と比べ本来不安定に運命づけられているものである。従つて本件雇用契約の特殊性に鑑み、軍の主観的な判断に基いてなされた本件解雇は契約上の信義則に違反するものではない。

而して日本国政府は軍が保安上の必要があるとして解雇の要求をすれば、たとい保安基準に該当する客観的事実の存在を確認しなくても解雇を義務づけられている。

従つてこの解雇は日本国政府としてやむを得ないところであつて、害意をもつて他の不当の目的を達成するためになされたものではないから権利の乱用ではない。

(4)  本件解雇は不当労働行為ではない。

本件解雇は軍が保安基準(3) に該当すると認定して解雇を要求したことに基いてなされたものであつて、合唱班の活動を終息させる目的でなされたものではない。

このことは合唱班長長塚勝正が復職を許されていること及び仮に原告らが九月十三日のストにおいてピケ隊を激励するような活動をしていたとしても同日ピケ隊と駐留軍兵士との間に紛争が生じたにも拘らずその責任者らに対して何らの処分がなされていないことから見ても明らかである。なお原告横山、片岡は当時支部委員であつたが他は平組合員であつて、特に風立つた組合活動をしていたものではない。

以上の次第で本件解雇は有効であり原告らと被告との間の雇用契約は終了しているので原告らの請求は失当であると述べ

証拠として乙第一号証、第二号証の一ないし八、第三、四号証の各一ないし七、第五ないし第八号証を提出し、証人高田治太郎の供述を援用し、甲第八ないし第十一号証、第十二号証ノ一、二が昭和二十九年九月十三、四日ストの現場の写真であること及び同第二十四号証の原本の存在と成立並にその余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、雇用契約の成立と法律関係

原告主張の一の事実は当事者間に争がない。

而して日本国と合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定と国家公務員法一部改正法律第一七四号等によれば、被告は日本国に駐留する合衆国軍隊のために労務者を提供するのであるが、労務者は駐留軍の指揮監督に服して勤務するもので駐留軍に使用されるものであるけれども雇用主は被告でありその雇用関係は公法関係でなく、私法関係であつて労働法等の私法の適用あることは疑を容れない。

二、ところで本件解雇のなされた経緯を見るに成立に争のない乙第一号証、甲第十四号証ないし同第二十一号証の各記載と弁論の全趣旨を総合すれば駐留軍労務者の雇用関係については、さきに昭和二十六年六月二十三日軍と調達庁との間の労務提供のための契約が締結されていたが、(いわゆる労務基本契約と称せられるもので同年七月一日発効)、労務関係を規律するものとして不備且不十分であつたところから、これを改善して紛争の防止を図るため、軍は、(1) 公正な労働関係を確立すること、(2) 労務者を公正に取り扱うこと、(3) 日本の労働法を完全に遵守すること、(4) 賃金は一般のレベルに等しいものが支給されることの四つの基本原則を掲げ、右労務基本契約の改訂を意図し、軍と日本政府双方の代表者の会談に全駐労など組合側の代表をも出席させて改訂案の作成について組合側の意見を参酌することとし、審議の実質的決定機関として合同委員会の決定に基く特別委員会を開催し(いわゆる三者会談)、これによつて合意された軍と日本政府との間の労務基本契約は両当事者を拘束すること、これと併行して日本政府と組合との間の労働協約の締結を促進する構想をもつて、昭和二十七年十二月三日以降審議を重ねたのであるが、保安解雇については前記基本契約によれば契約担当官において日本政府の提供した労務者を引続き雇用することが米国政府の利益に反すると認めるときは即時その職を免じ雇用を終了することと定められていたため、保安上の理由に藉口して不当の解雇がなされ紛争の生ずることがあり得るのでこの点をも審議の対象に入れ、結局昭和二十八年十月九日軍と調達庁福島長官との間に新労務の基本契約が調印され、同契約は附属協定が全部合意された後に発効することに定められていて、この合意が全部成立していないので、まだ発効するに至らないけれども、保安解雇については右新労務基本契約第七条(甲第十八号証参照)と同一内容その他を含む附属協定第六十九号が昭和二十九年二月二日合衆国契約担当官エドワードW、ソーヤーと福島長官との間に成立し、その一部内容は被告指定代理人が事実摘示解雇の経緯(1) の項に主張するとおりのものであることを認めることができる。

本件解雇は軍が右附属協定第六十九号に基き原告らが保安基準に該当するものと認めてなしたものであるが、その該当の具体的事実については、被告において主張立証をしないところである。

三、原告らは本件解雇は実質的就業規則によつて設定された解雇権制限の基準に違反するから無効であると主張する。

本件解雇は基準法第二十条第一項本文の規定によつてなされたものであることは前記のとおりであるが、その解雇は労働協約就業規則その他別段の契約又は不当労働行為等に関する労働法の規定に反しない限り自由になし得るものと解するのが相当である。

而して使用者が労働協約又は就業規則若しくはこれに準ずるものによつて右の解雇権を制限することも、自由になし得るところであつて、法令上その限定の方式は定められていない。

ところで本件における原告ら主張の新労務基本契約は未だ発効するに至つていないので、その附属協定第六十九号による保安解雇に関する規定の効力を考察するに、前記認定事実によれば、右の協定は雇用契約の使用者の側である日本国と軍との契約であつて、組合側は当事者としてこれに参加したものでないことが明らかであるので、使用者と組合又は雇用契約当事者の合意と見ることはできないけれども、保安解雇に関する解雇基準とその実施手続とを明文で規定したものであるから、使用者の一方的に制定した労働条件に明する基準に外ならず従つて就業規則に準ずる効力を有するものと解するに妨げない。よつてその規定によつてどのような解雇権の限定がなされたかを検討する。

元来就業規則等によつて使用者が解雇基準を設定した場合にこれによる解雇権の限定の有無及びその範囲はその規定の文言によるべきは勿論であるけれども、その文言の有する概念的意義に止らずその文言の使用された経過とその際の具体的事情及び解雇基準の設定が労働者の地位の安定を目的としてなされるものであることのわが国の労働慣行などを参酌してこれを決すべきは多言を要しない。

ところで前記認定の附属協定第六十九条第一条によれば合衆国側は被告の提供した労務者が保安基準に該当すると認め、保安に危険であり又は脅威となると決定するときは解雇する旨規定しているのであるから、その文言的趣旨は保安基準に該当するとの認定と保安に危険と脅威となるとの決定によつて解雇の措置がとられるものと読まざるを得ない。そしてその趣旨は前記のとおり講和条約発効前に締結された労務基本契約に定めるところの解雇権行使の要件と異なるところがないのであるが、その後三者会談において軍側のハリソン中将は合衆国として保安の問題は最も重大である旨声明し、基本契約第七条はこれに関連して保安の基準を設定すると共に合衆国が保安上危険であると認定するときは、労務者を解雇する旨、明言し、保安解雇に関しては解雇に至るまでの手続を慎重にして労務者の保護を図つた外には従前の方針に変更を加える意図が窺えないことは前顕証拠に照し明らかであることと合衆国は日本政府に対して保安基準に該当の事実を必ずしも常に通告しない旨附属協定に定めていることと合衆国においては解雇は一般に自由とされ、わが国とは社会的経済的事情を異にし解雇に関する労働慣行も異るものと考えられること等諸般の事情を参酌すれば、軍が保安上の理由で解雇の意思決定をなすのは合衆国の保安に危険又は脅威となるとの認定にのみ基くものであつて、この認定は専ら軍の主観的判断に止まり客観的に保安基準に掲げる事実の存在を要求しているものと解することはできない。

してみれば保安基準に該当する客観的事実の存在は解雇権行使の要件としていないのであるから、これがある場合に限つて解雇権を発動するものとして解雇権を自発的に制限したものと解することはできない。

なお原告等代理人は三者会談において日本政府は正当な理由のある場合でなければ駐留軍労務者を解雇しない旨協定して解雇権を制限したものであり、保安解雇に関しては保安基準に該当する者のみの解雇に限定したものであつて、この内容を含む新労務基本契約の内容が慣行的な規範として成立していると主張すれるけれどもこの事実を認むべき証拠はない。

然らば保安基準に該当する事実の不存在によつて本件解雇が右協定に違反する無効のものということはできない。

四、よつて不当労働行為に関する主張を判断する。

原告らが何れも全駐労東京地区本部フインカム支部に所属する組合員(解雇当時原告横山、片岡は支部委員)であることは当事者間に争がない。

而して証人鈴木武夫、長塚勝正、原告本人小林、菅原の各供述と昭和二十九年九月十三、四両日右組合のスト現場の写真であること当事者間に争のない甲第八ないし第十二号証によれば、右組合支部は特別退職手当獲得を目的とする全駐労の右両日四十八時間の全駐労統一ストライキ決行方針に基き同年九月二日の拡大斗争委員会において、右ストに参加を決議すると共にストに際してピケ隊を激励し斗争を強化する目的の下に斗争委員会の中の情宣部に合唱班を設置することを決定したので、この決定に基き当時拡大斗争委員長塚勝正が合唱班の班長に選ばれ、原告ら組合員は相前後してその班員としてこれに加わり(原告横山は副班長)班を結成して昼食の休憩時間を利用し、屡々合唱の練習を行い、右両日のストの際に何れもピケ隊を激励してストの強化を図つたこと、原告小林、富田、広瀬、片岡はフインカム基地サプライヘツドクオーター(空軍補給部司令官事務所〕に勤務していたが、右職場では当時組合員が少なく右スト当時原告らを含む組合員は十数名に過ぎなかつたところ、スト後においても同職場において合唱グループを作り、その練習を行つた結果労務者が逐次これに参加すると共に相次で組合に加入したため、労務者総数百五十名の半数に近い七十名の組合員を獲得するに至つたこと、当時サプライの人事課長ジエームス畠山は同職場における合唱隊の活動を嫌悪し原告らの一部に対して合唱活動につき注意を与えたこと、原告横山は合唱班の副班長として班長の長塚と共に班の活動について指導的地位にあつたこと、原告菅原はサプライのコロージヨン職場に勤務する者であるが、同職場では女性が多い関係から同職場の合唱班員は女性で占められていたので同原告がその中心となつていたこと、原告奈良はサプライのインベントリ職場に属し歌が堪能であつたため合唱班の指導的地位にあつたこと、当初小林と共に班長の長塚が次でその余の原告ら合唱班の中心的人物が解雇されたため合唱班の活動は壊滅、終息するに至つたこと及びエアーポリスのロスター隊長(空軍犯罪調査機関OSIの隊長)は前記九月十三、四日のスト現場において原告ら合唱班員がトラツクに同乗して合唱によりピケ隊を激励した状況を写真に撮影し、更に翌十月初旬頃支部組合事務所に赴きピケを激励した合唱隊の写真を注視し同隊の調査をなしたことを認めることができる。

一般に組合員の一部による合唱行為はそれ自体いわゆる組合活動といい得ない場合が考えられないではないが、前記認定のように組合の意思決定によつて団結権の強化を目的として合唱班が結成され、同班がストの際合唱によつてピケ隊を激励してその行動に気勢を添え且平素の合唱練習によつて班員を獲得すると共に組合に加入させて組合の団結の拡大強化を図つた本件の場合では合唱班員の活動は労組法第七条にいう正当な組合活動に当ること勿論である。

而して前記認定事実を総合して考察すればサプライにおける軍関係者が合唱班の活動を嫌忌していたことは推知するに難くなく、この事実と本件解雇が保安解雇の名目によつてなされたものであるとはいえそれが解雇の決定的事由であることを首肯すべき具体的該当事実が何等主張立証されないので、その客観的妥当性はこれを否定するの外なく、この事実とを併せ考えるときは、本件解雇は原告らが合唱活動をなさなかつたならば解雇されなかつたであろうと推断せざるを得ない。或は軍としては原告らが合唱活動をなす者であることを注視し、その結果保安基準に該当するとの認定に到達して解雇の措置に出たので、その決定的事由は保安基準該当の認定にあるというかもしれない。

然しながら保安基準該当の認定は単なる主観的判断に止まり何等客観的妥当性を有しないものであるから、解雇理由としての重要性を首肯するに足らず、いわば根拠なく好ましからざる者であるから解雇するというに等しいわけであつて、解雇の決定的事由としての法律的価値判断を加えるに由ないものといわざるを得ない。

してみれば本件解雇は軍が原告らの合唱行為を組合活動であると認識し、これを決定的理由としてなしたものというべきであるから不当労働行為として無効のものと断定するのが相当である。

右の判断は合唱班長長塚勝正が復職を許された事実によつて何等妨げとなるものではない。

以上の次第で原告らと被告との間の雇用契約は存続しているものというべきところ、被告においてこれを否定して争つていることは弁論の趣旨に照し明らかであるので原告らの請求を正当として認容し、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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